妻の死去、馬たちの今後につきまして

 

ヒロです。当『馬の祈りプロジェクト』(旧『競走馬を救え!プロジェクト』)発起人であり実行者であった妻、文子が無念の死を遂げることとなり、天に召されました。妻のことを気遣い、馬たちのことを思いつつ、ご支援を続けてくださっている方々に心から感謝申し上げます。

妻と娘と

このようなお知らせをしなければならないこと、皆さまのお気持ちを察すると心苦しいです。できることなら、皆さまにはこのまま妻が元気でいると信じながら末永く過ごしていただけたなら、という思いさえよぎりました。私自身、妻と動物たちを見守りながらゆっくり歳をとっていくのだと固く信じて生きてきました。

この底のない悲しみ、怒り、自責の念、絶望、不穏が、何年の歳月で薄れるものなのか見当もつきません。「落ち着いてから」などと言っていたらいつになるかわかりません。いつ、何をどうしたらいいのか、本当はわからない、わかりたくもない心境なのですが、ともかくご支援ご心配くださっている方々に、最低限お伝えすべきところをお知らせせねばと思い、これを書いております。

最低限と言いながら、長くなるかもしれませんし、肝心なことが抜けるかもしれませんが、何卒ご容赦ください。ともかく妻が死に至ったこと、そして今後の馬たちのことだけはお伝えしたいと考えています。

前回、昨年秋の現状報告ののち、妻は入院時に患った感染症による体力消耗、食が細り体力減退、関係者の不用意な言葉もあって死が間近に迫る恐怖に苛まれ、PTSD等の症状も現れ、リハビリが思うように進まないこと、生活の不安、動物たちの世話を十分にしてあげられない罪悪感なども重なって、年末にかけて精神的に急激に追い詰められていきました。

妻は身体だけでなく心も消耗しきって、1人では数分と耐えられないという日が多くなっていました。6月の入院以来、馬の世話と最低限の家事(娘の世話)をするほかは私は、文字通り妻につきっきりでした。経済的な不安も悪影響を与えるのはわかっていましたが、かといって妻の側を離れることはできず、田舎では休日夜間の訪問看護も受けることができず(入院していても看護師が1人に24時間つくことはありません)、私は収入のために働くことを完全に諦めて、とにかくなりふり構わずまず妻の心が元気を取り戻すことに全力を注ごうと思いました。

日によっていくらか妻の気分が良い時はありました。体力が回復する兆しも確かに見えました。私は、迷いなく妻は回復すると信じて、妻の不安を安心に変えるための言葉を、毎日何十何百と繰り返し言って聞かせました。

しかし、言葉が少ない日があるとまた妻は心細くなりました。私がさすっている間、私が心を込めて言葉をかけている間、かろうじて恐怖から気が逸れ、その隙に薬も効いてうまく眠れればよし、不安が蘇るとまたいつまでも眠れない、眠れても1時間か2時間でまた不安や悪夢や息苦しさや身体のどこかの痛みなどで起きてしまう……結局ずっとずっと、その繰り返しでした。

しっかりした足取りで放牧地を歩いた日も、車椅子から草を刈った日もありました。血液検査の結果はいつも私などよりキレイな健康な血で、主治医も看護師もリハビリ指導の理学療法士も、少なくとも決して悪くなっていないと言い、非常に良いと口にする日もありました。

しかし、妻は春にはきっとかなり良くなっているだろうと信じていたのが、思ったほど体力が戻らなかったことで落ち込んでいました。この地域は冬が一番気候の安定するところなのに、その冬に思うような進展が感じられず、これから苦手なジメジメと暑い季節がやってくることを不安がりました。

親類からの援助も底が見え始め、その親類との関係もこじれ始め、私がつきっきりでいなくてはならない状態は変わらず(新たな不安のせいで余計に1人でいられなくなり)、うちに馬を2頭も引き取らせた人からの不定期にたった2万だった送金さえ完全に途絶え。妻は自分のせいで家族や動物たちに迷惑をかけているという気持ちが急速に大きくなり、本当は恐ろしくて考えられないような解決策、1人で老人介護施設に入所するとか、精神病院に入院するとかを強く主張するようになりました。

私はそのたびに、大丈夫、身体も心も必ず良くなる、すでに良い方向に進んでいる、外のこともひとつひとつ順番に必ず解決していく、みんな味方だ。愛してる、どんな状態でも愛してる、ずっと一緒にいる、生活は必ずなんとかなる、状況は良くなっていってる、元どおり元気になって、何年も何十年も一緒に過ごしていくんだ、もう一人じゃないんだよ、ひとりにならなくていいんだよ、と毎日毎日何十回も何百回も言って聞かせました。

しかし、心に訴えかけようとした言葉も、妻が望んで私に言わせた言葉も、妻にとって楽しみであったはずのいかなることも、気分転換になるはずのことも、美しい景色も可愛い野鳥たちの声も、妻の最愛の猫さえも、妻の不安を和らげることはできませんでした。

最後は妻も疲れ果てたのだと思います。前日と前々日、二日続けて救急車で病院へ行き、二日目などは1時間かけて帯広の大きな病院へ行ったのですが、妻の身体がエアマットでないと寝られないのにどちらの病院にもエアマットの空きがなく、診断でも現時点で取り立てて危険や悪化は見られないとのことで、二日とも入院できずに夜遅く帰宅しました。

そうして私も、天の計らいで「疲れ果てさせられた」のだと思います。私に気力が残っていたら、最後の晩、寝ずにとはいかないまでも度々起きて様子を見られたかもしれない、でもそうしたら、妻の息が止まりそうになるのに気づいて、私は妻を死なせないためにどれだけ無理をさせたかもわかりません。

もちろん、妻自身、生きたいと何度も言っていましたし最後まで生きたいと思っていたはずです。もとのように元気になりたいと毎日何回も言っていました。だからこそ妻の強い希望で二日続けて救急車を呼んで病院も変えて診察してもらったのです。最後の晩も、もし私が妻の異常に気づいて声をかけていたら、また救急車を呼んでくれと頼まれたと思います。そして、、もう想像するのも恐ろしいです。

妻もまた、天の計らいで疲れ果てさせられて、度々呼吸が浅くなることを恐がりながらも、朦朧として、おそらくはもがくこともなく息が止まったのだと思います。しかし死の瞬間は、孤独で、苦しくて、叫びたいのに叫べない、私を呼びたいのに呼べない、生きている人間には想像できない絶望と苦痛が襲ったかもしれません。私は毎日、いまだに1日何度も、妻の苦しみを思って胸が締め付けられます。取り乱します。

近隣の方々みなさん優しい方で、今もいろいろ気遣ってくださいます。娘がいて救われたねと言われることも度々あります。それは一面、真実です。しかし今は、複雑な気持ちから脱せられていません。確かに、娘のために気力を振り絞って私は命を繋いでいます。神様もきっと、私までが死なないように、私たちに娘を与えてくださったのだろうと思います。そう信じたい。

一方で、私の本当の意味での「救い」は、妻のいなくなったこの世界に、あるとは、まだ心から思えないのです。いや、救われたいという気持ちすら、正直湧いてこないです。もしこんなどうしようもない私を救ってくださる奇跡が可能なら、その代わりに妻を生き返らせて欲しいと思ってしまうのです。

そう思いながらも、日々、懸命に、心の整理をつけようとしています。

そして、娘が寂しい思いをしないように、いろいろなところに連れて行ったり、一緒に遊んだり、したいことをどんどんさせたりしています。

そして、うちの馬たち動物たちに、心もお腹も寂しがらせないように、気を振るって世話を続けています。妻の残した、妻の愛した動物たちが、飢えることなく苦しむことなく天寿を全うできるように、命への責任を持って養い続けていきます。正直、私自身が食事もできず、頭痛に苦しみ、くじけそうな時はありました。が、「おなかすいたよお」という声を聞いては寝てもいられず、もう夢遊病者のように着替えて朝晩ごはんをあげに行くのです。この性分が私の唯一の存在価値であろうと思うので、今後も妻の魂と動物たちを裏切らないよう生きていく、それだけは保証できることだと思います。

今いる馬たちを今後養っていくにも引き続き飼料代はかかっていきますし、妻が倒れた時点まででもずっと赤字続きでしたから、一昨年からの飼料会社への支払いもまだ完済できていないものがあります。ですので今後も、『パパママの会』だけは継続していきます。パパママのブログも、いただいたご支援のご報告くらいはできたらと思っていますが、まだ心身ともに一杯一杯なので今しばらくお待ちいただけたら助かります。

一口里親会として、馬別にサポーターの形をとってご支援を募ってきた部分は、誠に勝手ながら基本的に一括サポート(馬を選ばないサポート会員という選択肢が以前からありましたがそれ)に統一させていただきたいと思います。アンヌのママを続けてくださってきた方々は、通常のサポート会費である2千円に切り替えてくださってもかまいませんし、アンヌはうちで一番若く頑強なのでおそらく一番長生きするとは思いますから、今まで通りアンヌママを続けてくださってももちろん大丈夫です。

妻とボートといただいたチモシー

ともかく私が最後の砦となってしまい、今はそのことを生きる理由に頑張るしかないので、自分の健康にも重々気をつけながら頑張っていきます。

このような報告をすることになるとは、本当にまったく微塵も思っていませんでした。皆さまも、青天の霹靂であったとお察しします。

妻は強いようでいて、とても繊細で折れやすかったことを、外の人には決して見せませんでした。まっすぐに正義を貫き、相手のために言うべきと思ったことは誤解曲解を覚悟の上できっぱりと言ってきたので、たびたび暴君のように思われたり罵られたりもしてきました。「私はどう思われてもいい、いつか私の言ったことがきっかけになってあの人が正しいことに気づいてくれれば、私との縁が切れていてもかまわない」と妻はそのたびに言ってました。妻はしかし、皆さんがおそらく思われているようには、強い人間ではなかったのです。この数年の彼女の苦しみがその証拠でした。

人間も動物も、ストレスで病に冒され、ストレスで命を消耗するのです。私も、あなたも、馬も、猫も、犬も、野生動物もです。それは本当に、学者さんが勝手に言ってることじゃなくて、私の周りで証明されてきた真実です。

しかし、ストレスを回避する方法は、楽天家になるとか、現実から目を背けるとか、ゆったり生きるようなことだけではありません。何かをなした時の小さな達成感でも、ストレスを軽減していくことはできるはずです。

愛する配偶者を失うことは、心理学でも最大級のストレスに位置付けられています。だから、私のこのどうしようもない心の痛手は、今さら現実逃避しても逃げおおせるものではない、娘のため、動物たちのため、理不尽な世の中で苦しむ純粋な人々子供たちのうち私と縁のあるいくばくかの人のため、何かをし続けることでしか、どうにもならないのだと感じています。立ち止まると涙があふれてくるのです。妻のもとに行くその日まで歩き続けているほうがたぶん、よいのだと思うのです。

 

妻の死去、馬たちの今後につきまして」への6件のフィードバック

  1. ようこ

    文子さん…。辛い戦いでしたね…。頑張っていらしたのに無念です。家族が亡くなって
     介護を一生懸命やってきてもこれでよかったということは無いですよね。あとからあのときもっとああしてあげたらよかったこうした方がよかったのではないか?色々こころの中をよぎります。涙が乾く日は来るのか?と思う程泣きはらし、亡き家族のそばをはなれる事も辛く…。でも、生きて行かなくてはいけない。泣きながら毎日こなして行かなくてはいけない。ふと、あ、体の位置を変えてあげなきゃ。と故人との生活のサイクルが入り込み、あぁもう居ないのだと現実に心を傷めつけられてそうして私も16年前父を亡くしてからいきてきました。思いきり泣きました。泣くのは我慢しませんでした。ヒロさん、娘さん、泣くのを我慢しないで下さい。そうして少しずつ心が回復して行けますように。。御冥福を御祈り致します。あとから

  2. ヒメサマ

    ボラでお邪魔した時の事を思い出します。
    まだ信じられませんが、辛いです。
    壮絶な一年余りだったのですね。
    家族も馬たちも元気ですとメールを頂いたのはそんなに前ではなかったはず。

    文子さんのご冥福をお祈りします。

  3. ギュゼママ

    文子さんが人一倍繊細で、ガラスのようなお心をお持ちであることに、私は気づいていました。
    だからこそ、弱きを助け、勇ましく優しく生きてからられたのだと思います。

    ただ、、、悔しいです。
    悔しくて涙が溢れます。
    心より、心よりご冥福をお祈りいたします。

    ギュゼルのこと、本当にありがとうございました。

  4. scape51

    文子さん、愛するご家族や動物たちを残して逝かれて、どんなにご無念だったことでしょう。初めて文子さんのブログ「馬上の楽園」を拝読し、馬への溢れるような愛情と同時に、言葉にはならない悲しみや怒りを感じ、胸が締め付けられるような思いがしました。ご冥福をお祈り致します。

    グリーングラスの会

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