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先の北海道地震は(記事最後一部更新)

ご心配をおかけしたままで申し訳ありませんでした。

先の北海道胆振地震は、

揺れは震度2か3程度で建物等無事、人間も動物もみな無事でした。

ただ、ご存知のように(信じられない話でもありますが)

北海道はなんとたった一か所の発電施設に送電網まで完全依存していたため全道で数日間停電、うちも冷凍庫の食料全部ダメになりました。

まったくお粗末な、21世紀とは思えない話です。

うちは薪ストーブとポータブル灯油ストーブなので

逆に冬なら大丈夫だったんですけど(汗)

 

地震の前の台風のほうが雨漏りや物が飛ばされたりでやや困りましたが被害というほどの事もありませんでした。

 

近隣の酪農家さんは発電機を持っていて停電中も明々と。

 

ただ、防災無線の受信機がこの町は「単2電池」!

単2電池なんていまどき誰も持っておらずコンビニにも売ってなく

一般家庭のほとんどみなさん停電中は防災無線を聞けず、

配給も避難所開設も知らずという事態でした。

仕方ないので電源部をちょっといじって単三がつかえるようにしようと思っています。

 

とりあえず地震の報告まで。

お気遣いのメール、お見舞い、変わらぬご支援、臨時のご支援

本当にありがとうございます。

日々の状況の報告もしたいのですが

PCを開き投稿に至るまでに精神的に道のりが遠く、申し訳ないです。

今日のようにフッとアクセスできる時がこれから増えてくれるよう

自分で祈りつつ無理を絶対しないように

(情けないですがちょっと奮起するとリバウンドがあって)

気をつけて

娘と動物たちの生活を守っていきます。

(一応人間と猫の生活は、持ち家で家賃もなく、インターネット回線も廃止してスマホとガラケーのみ、就学支援もおりているので、父子家庭の手当てと自給自足でやりくりできています。馬たちは、月々では人数金額増減ありながらも皆様のご支援のおかげで、今のところなんとかまかなえてきています。夏ばは日々自力で草を刈り節約しつつ、近隣の方の協力も得て敷地の雑草やクローバーまでいただきました。これから冬の備えにご支援を活かして乗り切っていくところです)

大阪震源の地震

詳しい状況がわからないまま書いております。

個別にメールしようとしたのですが、牧草などの伝票でご住所が近いことがわかっていながらメアドが見つからない方などおられて、ここに書くことにしました。

大変な状況だとしたらなおのこと、このブログなど見る余裕はないかと思いますが、ブログ更新をメールやRSSで通知する設定にされてる方ももしかしたらおられるかもしれないので。今の時代、ライフラインが止まってもスマホでネットを見ることはできたりするようなので。

 

普段ご支援いただいてる立場ですが、こちらのご近所にお願いして物資を送るとか、ここで具体的な窮状をお知らせするとか、微力でも私でできることは何かしらあります。ライフラインが断たれているとか、家屋が被害にあわれて避難所におられるとか、お困りのことがあれば問い合わせフォームからご連絡ください。同じ志の会員の方同士で助け合うこともできます。

 

ヘトヘトなどと書いたまま記事のほうなかなか更新しなくて申し訳ありません。体調は戻りました。手作業生活で日々忙しいには忙しいですが、緊急時に何かするだけの時間と心身の体力はありますので、こういう突然の事態にはご遠慮なくご連絡ください。できないことまで無理はしませんからご心配なく。

 

今と今後の続編、馬脱走ヘトヘト

前回、勢いだけで書いたせいで、書きたかったことの半分くらい抜けてました。
経済的な状況、馬のこと、もう少し報告したかったので近くアップしたいと思ってます。

今は毎日馬ごはん用の草刈りの疲れ、馬脱走(ほぼアンヌのしわざ)のストレス、娘が学校からもらってくる風邪、で全身痛いのでちょっと養生させてください。というか馬のことでみなさんにききたいこともあるので本当は早く書きたいのですけど、とにかく草刈りできなくなるとごはん困るので、睡眠不足をまずなんとかします。

コメント・ご支援ありがとうございます

ようやく、このブログのサイドバーを編集することができました。

サイドバーのトップに前回記事のリンクをおくことができたので、これからは新しい記事を投稿しても大事な記事が埋もれる心配がなくなりました。

 

コメントありがとうございます。お返事もできたらしていきたいと思っています。

みなさまのご支援、大変感謝しています。

チモシー、キューブ、複数の方からいただきました。直近で吉野様、太田様、西辻様、ギュゼママ様、本当はもっと去年に遡って全員の方のお名前を書かなければと思っているのですが申し訳ありません。妻はすべてのご寄付を把握して感謝しておりました。おかげさまで馬たちのお腹も救われてきました。

 

妻へお花もいただきました。ヒメサマ様、ギュゼママ様、ありがとうございます。

猫のごはんもたくさん、Amazonから直接でお名前がなかったのですがメールでお問い合わせくださっていたのでおそらく吉野様ですよね?

中村様、会費に加えてご霊前のお心遣い、妻も私も好きだったゆずサイダーまで、本当にありがとうございます。

ゆうちょのご寄付も本当にありがとうございます。後ほど別記事でお名前を書かせていただきます。

妻の死去、馬たちの今後につきまして

 

ヒロです。当『馬の祈りプロジェクト』(旧『競走馬を救え!プロジェクト』)発起人であり実行者であった妻、文子が無念の死を遂げることとなり、天に召されました。妻のことを気遣い、馬たちのことを思いつつ、ご支援を続けてくださっている方々に心から感謝申し上げます。

妻と娘と

このようなお知らせをしなければならないこと、皆さまのお気持ちを察すると心苦しいです。できることなら、皆さまにはこのまま妻が元気でいると信じながら末永く過ごしていただけたなら、という思いさえよぎりました。私自身、妻と動物たちを見守りながらゆっくり歳をとっていくのだと固く信じて生きてきました。

この底のない悲しみ、怒り、自責の念、絶望、不穏が、何年の歳月で薄れるものなのか見当もつきません。「落ち着いてから」などと言っていたらいつになるかわかりません。いつ、何をどうしたらいいのか、本当はわからない、わかりたくもない心境なのですが、ともかくご支援ご心配くださっている方々に、最低限お伝えすべきところをお知らせせねばと思い、これを書いております。

最低限と言いながら、長くなるかもしれませんし、肝心なことが抜けるかもしれませんが、何卒ご容赦ください。ともかく妻が死に至ったこと、そして今後の馬たちのことだけはお伝えしたいと考えています。

前回、昨年秋の現状報告ののち、妻は入院時に患った感染症による体力消耗、食が細り体力減退、関係者の不用意な言葉もあって死が間近に迫る恐怖に苛まれ、PTSD等の症状も現れ、リハビリが思うように進まないこと、生活の不安、動物たちの世話を十分にしてあげられない罪悪感なども重なって、年末にかけて精神的に急激に追い詰められていきました。

妻は身体だけでなく心も消耗しきって、1人では数分と耐えられないという日が多くなっていました。6月の入院以来、馬の世話と最低限の家事(娘の世話)をするほかは私は、文字通り妻につきっきりでした。経済的な不安も悪影響を与えるのはわかっていましたが、かといって妻の側を離れることはできず、田舎では休日夜間の訪問看護も受けることができず(入院していても看護師が1人に24時間つくことはありません)、私は収入のために働くことを完全に諦めて、とにかくなりふり構わずまず妻の心が元気を取り戻すことに全力を注ごうと思いました。

日によっていくらか妻の気分が良い時はありました。体力が回復する兆しも確かに見えました。私は、迷いなく妻は回復すると信じて、妻の不安を安心に変えるための言葉を、毎日何十何百と繰り返し言って聞かせました。

しかし、言葉が少ない日があるとまた妻は心細くなりました。私がさすっている間、私が心を込めて言葉をかけている間、かろうじて恐怖から気が逸れ、その隙に薬も効いてうまく眠れればよし、不安が蘇るとまたいつまでも眠れない、眠れても1時間か2時間でまた不安や悪夢や息苦しさや身体のどこかの痛みなどで起きてしまう……結局ずっとずっと、その繰り返しでした。

しっかりした足取りで放牧地を歩いた日も、車椅子から草を刈った日もありました。血液検査の結果はいつも私などよりキレイな健康な血で、主治医も看護師もリハビリ指導の理学療法士も、少なくとも決して悪くなっていないと言い、非常に良いと口にする日もありました。

しかし、妻は春にはきっとかなり良くなっているだろうと信じていたのが、思ったほど体力が戻らなかったことで落ち込んでいました。この地域は冬が一番気候の安定するところなのに、その冬に思うような進展が感じられず、これから苦手なジメジメと暑い季節がやってくることを不安がりました。

親類からの援助も底が見え始め、その親類との関係もこじれ始め、私がつきっきりでいなくてはならない状態は変わらず(新たな不安のせいで余計に1人でいられなくなり)、うちに馬を2頭も引き取らせた人からの不定期にたった2万だった送金さえ完全に途絶え。妻は自分のせいで家族や動物たちに迷惑をかけているという気持ちが急速に大きくなり、本当は恐ろしくて考えられないような解決策、1人で老人介護施設に入所するとか、精神病院に入院するとかを強く主張するようになりました。

私はそのたびに、大丈夫、身体も心も必ず良くなる、すでに良い方向に進んでいる、外のこともひとつひとつ順番に必ず解決していく、みんな味方だ。愛してる、どんな状態でも愛してる、ずっと一緒にいる、生活は必ずなんとかなる、状況は良くなっていってる、元どおり元気になって、何年も何十年も一緒に過ごしていくんだ、もう一人じゃないんだよ、ひとりにならなくていいんだよ、と毎日毎日何十回も何百回も言って聞かせました。

しかし、心に訴えかけようとした言葉も、妻が望んで私に言わせた言葉も、妻にとって楽しみであったはずのいかなることも、気分転換になるはずのことも、美しい景色も可愛い野鳥たちの声も、妻の最愛の猫さえも、妻の不安を和らげることはできませんでした。

最後は妻も疲れ果てたのだと思います。前日と前々日、二日続けて救急車で病院へ行き、二日目などは1時間かけて帯広の大きな病院へ行ったのですが、妻の身体がエアマットでないと寝られないのにどちらの病院にもエアマットの空きがなく、診断でも現時点で取り立てて危険や悪化は見られないとのことで、二日とも入院できずに夜遅く帰宅しました。

そうして私も、天の計らいで「疲れ果てさせられた」のだと思います。私に気力が残っていたら、最後の晩、寝ずにとはいかないまでも度々起きて様子を見られたかもしれない、でもそうしたら、妻の息が止まりそうになるのに気づいて、私は妻を死なせないためにどれだけ無理をさせたかもわかりません。

もちろん、妻自身、生きたいと何度も言っていましたし最後まで生きたいと思っていたはずです。もとのように元気になりたいと毎日何回も言っていました。だからこそ妻の強い希望で二日続けて救急車を呼んで病院も変えて診察してもらったのです。最後の晩も、もし私が妻の異常に気づいて声をかけていたら、また救急車を呼んでくれと頼まれたと思います。そして、、もう想像するのも恐ろしいです。

妻もまた、天の計らいで疲れ果てさせられて、度々呼吸が浅くなることを恐がりながらも、朦朧として、おそらくはもがくこともなく息が止まったのだと思います。しかし死の瞬間は、孤独で、苦しくて、叫びたいのに叫べない、私を呼びたいのに呼べない、生きている人間には想像できない絶望と苦痛が襲ったかもしれません。私は毎日、いまだに1日何度も、妻の苦しみを思って胸が締め付けられます。取り乱します。

近隣の方々みなさん優しい方で、今もいろいろ気遣ってくださいます。娘がいて救われたねと言われることも度々あります。それは一面、真実です。しかし今は、複雑な気持ちから脱せられていません。確かに、娘のために気力を振り絞って私は命を繋いでいます。神様もきっと、私までが死なないように、私たちに娘を与えてくださったのだろうと思います。そう信じたい。

一方で、私の本当の意味での「救い」は、妻のいなくなったこの世界に、あるとは、まだ心から思えないのです。いや、救われたいという気持ちすら、正直湧いてこないです。もしこんなどうしようもない私を救ってくださる奇跡が可能なら、その代わりに妻を生き返らせて欲しいと思ってしまうのです。

そう思いながらも、日々、懸命に、心の整理をつけようとしています。

そして、娘が寂しい思いをしないように、いろいろなところに連れて行ったり、一緒に遊んだり、したいことをどんどんさせたりしています。

そして、うちの馬たち動物たちに、心もお腹も寂しがらせないように、気を振るって世話を続けています。妻の残した、妻の愛した動物たちが、飢えることなく苦しむことなく天寿を全うできるように、命への責任を持って養い続けていきます。正直、私自身が食事もできず、頭痛に苦しみ、くじけそうな時はありました。が、「おなかすいたよお」という声を聞いては寝てもいられず、もう夢遊病者のように着替えて朝晩ごはんをあげに行くのです。この性分が私の唯一の存在価値であろうと思うので、今後も妻の魂と動物たちを裏切らないよう生きていく、それだけは保証できることだと思います。

今いる馬たちを今後養っていくにも引き続き飼料代はかかっていきますし、妻が倒れた時点まででもずっと赤字続きでしたから、一昨年からの飼料会社への支払いもまだ完済できていないものがあります。ですので今後も、『パパママの会』だけは継続していきます。パパママのブログも、いただいたご支援のご報告くらいはできたらと思っていますが、まだ心身ともに一杯一杯なので今しばらくお待ちいただけたら助かります。

一口里親会として、馬別にサポーターの形をとってご支援を募ってきた部分は、誠に勝手ながら基本的に一括サポート(馬を選ばないサポート会員という選択肢が以前からありましたがそれ)に統一させていただきたいと思います。アンヌのママを続けてくださってきた方々は、通常のサポート会費である2千円に切り替えてくださってもかまいませんし、アンヌはうちで一番若く頑強なのでおそらく一番長生きするとは思いますから、今まで通りアンヌママを続けてくださってももちろん大丈夫です。

妻とボートといただいたチモシー

ともかく私が最後の砦となってしまい、今はそのことを生きる理由に頑張るしかないので、自分の健康にも重々気をつけながら頑張っていきます。

このような報告をすることになるとは、本当にまったく微塵も思っていませんでした。皆さまも、青天の霹靂であったとお察しします。

妻は強いようでいて、とても繊細で折れやすかったことを、外の人には決して見せませんでした。まっすぐに正義を貫き、相手のために言うべきと思ったことは誤解曲解を覚悟の上できっぱりと言ってきたので、たびたび暴君のように思われたり罵られたりもしてきました。「私はどう思われてもいい、いつか私の言ったことがきっかけになってあの人が正しいことに気づいてくれれば、私との縁が切れていてもかまわない」と妻はそのたびに言ってました。妻はしかし、皆さんがおそらく思われているようには、強い人間ではなかったのです。この数年の彼女の苦しみがその証拠でした。

人間も動物も、ストレスで病に冒され、ストレスで命を消耗するのです。私も、あなたも、馬も、猫も、犬も、野生動物もです。それは本当に、学者さんが勝手に言ってることじゃなくて、私の周りで証明されてきた真実です。

しかし、ストレスを回避する方法は、楽天家になるとか、現実から目を背けるとか、ゆったり生きるようなことだけではありません。何かをなした時の小さな達成感でも、ストレスを軽減していくことはできるはずです。

愛する配偶者を失うことは、心理学でも最大級のストレスに位置付けられています。だから、私のこのどうしようもない心の痛手は、今さら現実逃避しても逃げおおせるものではない、娘のため、動物たちのため、理不尽な世の中で苦しむ純粋な人々子供たちのうち私と縁のあるいくばくかの人のため、何かをし続けることでしか、どうにもならないのだと感じています。立ち止まると涙があふれてくるのです。妻のもとに行くその日まで歩き続けているほうがたぶん、よいのだと思うのです。